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人工言語学

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論文

高度な作り方

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舌先現象と英語帝国主義

 あるとき筆者がテレビを見ていたら、タレント学者が「人間が言葉を思い出せない場合、心理学的には国際的にどこまで言葉が出かかっているか決まっているんですよ。それはどこでしょう」と述べた。
 クイズ形式だったが、一瞬で「舌先だな」と思った。果たして答えは舌先だった。

 なぜ筆者はいとも簡単に答えを予想できたのか。簡単だ。しょせん国際的という言葉が欧米中心の英語帝国主義の言い換えでしかないという現実を知っているからである。
 国際的という言葉は一見平等なように聞こえるが、実際全く平等でない。強国が自分たちの常識を弱者に当然のように押し付けているだけである。
 そのことを知っている筆者はすぐにこのクイズの答えが舌先であることが分かり、言語に関するタレント学者の無知ぶりに呆れた。

 なぜすぐ筆者が答えが舌先だと分かったかというと、英語で言葉が出かかっていることをon the tip of one's tongue(舌の上にある)というからである。そう、要は英語の慣用句を単に心理学用語に当てはめただけなのである。
 2013年現在、世界の中心は欧米であり、とりわけアメリカである。心理学も当然のようにアメリカが牽引している。なので心理学用語も英語の視点で名付けられていく。
 国際的などと嘯きながら、心理学用語の命名実態は単なる英語帝国主義にすぎないのである。英語の常識が世界の学問の常識なのである。

 案の定この心理学用語を調べたところ、「舌先現象(Tip of the tongue phenomenon)」と出てきた。あからさまな英語帝国主義である。
 日本語だと言葉が出かかっているとき、喉を押さえて「ここまで出かかっている」と言うので、もし日本が太平洋戦争で負けずに世界の中心だったら、今頃この現象は「喉元現象」という命名になっていたはずである。

 読者に覚えておいてほしいことがある。国際的という言葉は嘘の平等で、単なる強者による常識の押し付けでしかないこと。現在生まれている学術用語は英語帝国主義に侵されているということ。
 言語学に疎い学者がさも知った風に「国際的にはこのように言うのだ」などと言っても、しょせんそれは英語帝国主義という強者による常識の押し付けにすぎないのである。これらをゆめゆめ忘れないでほしい。
 なお、全ての学術用語が英語の世界の切り分け方を用いて命名されているわけではないことを注釈しておく。中には言語とは無関係に命名された術語もあるし、英語以外の視座で命名されたものもある。

 このことは人工言語制作者も知っておくべきことである。
 というのも、自分の言語で学術用語を作るとき、恐らく地球の学術用語を参考に作ることになると思うが、現在作られている学術用語はいくら国際的と嘯いていても英語帝国主義に侵されているからである。
 つまりあなたが何も考えずに地球の学術用語を参考に造語すると、要するにそれは英語のアポステリオリにしかならないということに注意しなければならない。

 舌先現象にしたってそうだ。なぜ舌先なのか。そんなもの本当のところ誰も知らない。実際出かかっているのは喉でも舌先でもなく脳だろう。そこがどこかなんて比喩上の問題でしかない。どの比喩が正しいかなんて誰も知らない。
 ただ「国際的には舌先まで来ていることになっている」と学者に言われると「あぁそうなのか。じゃあ自分の言語でもそうしたほうが無難だな」と考えてしまうのが恐ろしいのだ。
 実際はこの命名は単なる英語帝国主義によるものである。あなたは安易に国際的という言葉に騙されて、造語するとき地球の学術用語をそのまま訳してはならない。
 ひとつひとつ――あなたが生涯で何万の単語を作るのかは知らないが――ひとつひとつ吟味して造語しなければ、きちんと推敲したことにはならないのである。
 そうでなければあなたの人工言語は雑でいい加減なクオリティの低いものでしかない。

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